今週のみことば

~今週のみことば~
わたしは主によって大いに楽しみ、わたしのたましいも、わたしの神によって喜ぶ。 イザヤ書61章10節








2009年6月29日月曜日

6月28日シドニー

☆6月28日の礼拝報告☆

この日はCafe De Worshipということでいつもと違い、カフェ形式での賛美集会を行いました。
おつもと違う趣向の中でも1番盛り上げてくれたのがプロジェクターに写る映像。
学生の傍らシドニーのイベントでVJとして活躍するBoriがVJ機材をイベント同様にセッティング。


































~Special Praise~ by.Makka,Nobu&Mizuki
主が彼らを連れ戻されたとき
自由














~Today's Special~
Quiz~賛美について~ by.Bori&Takumi
聖書で1番最初に“賛美”という言葉が出てくる箇所は?
“賛美”と“讃美”の違いは?
Takumiの好きな賛美は?
などなど…

~Praise~
You are Good!
御手の中で/In His Time
全世界へ
主が彼らを連れ戻されたとき




























~Testimony~
『賛美とは?』 
使途の働き 16:16~31 by.Makka

~Special Praise~ by.Yuki,Kotomi,Hiroshi(Sha),Minoru&Mizuki
君は愛されるため生まれた
ひとつだけ ~Only one thing

~Information~
・新しく来られた方の自己紹介5名

~Lunch~
おでん by.Kotomi

~バイブルスタディ~ Mizuki

2009年6月22日月曜日

6月21日シドニー

☆6月21日の礼拝報告☆

~Praise~
感謝と喜びを
マジェスティ
御手の中で/In His Time
あなたの愛をもう一度
主が彼らを連れ戻されたとき

~Today's Special~
証 『最近の出来事』 by.Kauhiro

~Message~
『Ask・Seek・Knock』
マタイ7:7~11
by.Yuzuru

~Information~
・来週は賛美集会

~Lunch~
牛丼 by.Makka

~祈祷会~ Kotomi

2009年6月15日月曜日

6月14日シドニー

☆6月14日の礼拝報告☆

~Praise~
風よ吹け
すべての良きもので
イエス神の子羊よ/You are my all in all
Lord I give You my heart
キリストの季節

~Today's Special~
特別賛美 『十字架』 by.Shubo

~Message~
『主を待ち望む者』
イザヤ書40:18~31
吹留 弘充 牧師

~Information~
・第4週目の礼拝は賛美礼拝を企画中です。

~Lunch~
豚の角煮 by.Hiroshi

~バイブルスタディ~ Kazuhiro
詩篇116篇

2009年6月14日日曜日

「主の道を備えるヨハネ~私たちはどうすればよいのでしょう?」

聖書のみことば:ルカ3:1‐22   坂本牧裕
「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」(ルカ3:22)

ヨハネは預言者の終わりとして、神さまから遣わされた者です。預言者にとって大切なことは、いかに神のことばを聞くかということ、そして自分の役目を自覚するところに、その本来の目的を行うことができます。

オーケストラでトランペットを演奏していたことがあります。オーケストラでは、指揮者の声を聞かなければいけません。彼のアドバイスを聞くのは当然のことですが、演奏中は彼の呼吸から、彼の表情から、彼のタクトから、その音楽を聞かなければいけません。そして演奏家は、その音楽の中で自分の役割を認識していなければなりません。そうでなければ、そこには音楽が生まれてこないのです。

バプテスマのヨハネは、神さまという指揮者の声に聴き従う者であり、また彼は自分の役目として「主の道を備える」ことをした人です。



1、悔い改めのバプテスマによって
当時のユダヤ社会では、すでにバプテスマがありました。パリサイ派では、異邦人がユダヤ教に改宗するとき一度限りの、自ら水に入るバプテスマがありました。またエッセネ派では、清めのバプテスマが毎日行われていました。
しかしヨハネのバプテスマは、これらと違いました。一度限り、ヨハネからバプテスマを受ける儀式だったのです。さらにこのバプテスマは、「悔い改めに基づく」ものであったのです。
私たちは自分を「罪人」であると言うことができるでしょうか。神さまの前に、自分自身がそういう存在であることを知るのは大切なことであります。当時のイスラエルの人々が、その大切なことを忘れていたところに、ヨハネが「悔い改めに基づく」バプテスマを説いたのです。

2、メッセージによって
しかし、「悔い改めに基づく」バプテスマを受ければ、悔い改めたことになると考えた人々もいたのではないでしょうか。ヨハネは、「悔い改めにふさわしい実を結ぶ」ことを激しい口調でメッセージを語ります。

「群衆」は尋ねます。「私たちはどうすればよいのでしょう。」ヨハネは、多くものを持つ者は、持たない者へ分け与えることを語ります。
「取税人たち」は尋ねます。「私たちはどうすればよいのでしょう。」ヨハネは、決められたことを、決められた通りにするように語ります。
「兵士たち」は尋ねます。「私たちはどうすればよいのでしょう。」ヨハネは、自分の力に頼って弱いものを責めないで、今置かれている状況の中で満足して、感謝するようにと語ります。

 このメッセージは、全くその通りであり、人々が「悔い改め」て「実を結ぶ」ような、ヨハネのメッセージのように生きることができたら、どんなによいでしょうか。しかし、実際の私たちには、それができないのです。
パウロはこう言っています。「私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいと思うことではなく、自分が憎むことを行っているからです。」(ローマ7:15)
星野富弘さんという、手足の自由を怪我によって失った元体育教師で、現在は口で筆をくわえて、絵と詩を書く方がいます。彼は詩にこう記しています。二番目に言いたいことしか 人には言えない
一番言いたいことが 言えないもどかしさに 耐えられないから
絵を描くのかも知れない...

神さまが喜ばれることができない私たちは、どうすればよいのでしょうか。神さまから裁かれ、もう滅びるしかないのでしょうか。群衆、取税人、兵士たちのように「私たちはどうすればよいのでしょうか」と叫びたくなります。

3、イエスを紹介することによって
そんな思いにある群衆は、ヨハネが私たちを救う「キリスト」であると思ったようです。しかし、ヨハネ自身は違うと言います。そして「さらに力のある方」が来られること、すなわちキリストを人々に紹介したのです。

 すると天から声がするのです。「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」これは、イザヤ書42章の「主の僕の歌」と、詩篇2篇の「王の歌」からの御言葉です。つまりイエスさまは、僕としての王なのです。王と僕がイエスさまにあって一つにされているのです。

ヨハネは、悔い改めのバプテスマを説き、悔い改めにふさわしい実を結ぶことをメッセージし、イエス・キリストを紹介して「主の道を備える」と、歴史のスポットライトから退いていきました。そしてイエスさまが、バプテスマをお受けになることで、その公生涯が始まっていくのです。

私たちは、ヨハネが紹介したイエスキリストをどのように受け止めたらよいのでしょうか。「悔い改め、悔い改め」と言いながら、悔い改めができない私たちに、「実を結ぶこと、実を結ぶこと」と言いながら、実を結ぶ事ができない私たちに対して、イエス・キリストが紹介されているのです。
 「私たちはどうすればよいのでしょうか」本当に裁かれなければいけない私たちの罪が、イエス・キリストの十字架で身代わりとして裁かれるために、神さまは、「わたしの愛する子」を遣わしてくださったのです。

「私たちはどうすればよいのでしょうか」神さまが、「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」といわれる主イエス・キリストをただ信じていきましょう。

2009年6月9日火曜日

6月7日 JGC横浜礼拝

この日のゲストスピーカーは、先週も来てくださった菊地幸三先生。先週は、ラフな格好でしたが、この日はビシッときめてきました。



コロサイ人への手紙2章1節からのメッセージ
「あなたがたとラオデキヤの人たちと、そのほか直接私の顔を見たことのない人たちのためにも、私がどんなに苦闘しているのか、知ってほしいと思います。」

パウロは、まだ会ったことのない人たちのために苦闘しています。一人でも多くの人がイエスさまを信じて、永遠のいのちをもってほしい。神様があなたを愛していることを信じてほしいという祈りが、ここにはあります。

日本に伝統工芸というものがあります。ある塗り箸は、何回も綺麗になるまで竹や木が削られて、漆を塗られたりして、やがて一つのアートとなる。削られるというのは痛いことです。でも、削られなければ、人の手に役に立つ道具にはならない。私たちには色んな痛みがある、失敗がある、完全じゃない、弱さがある。その中で神さまの道具とされて、神さまに用いられやすい器になることです。

「ハテナの茶碗」というのがあります。有名な方が造ったものですが、割れてしまいました。普通だったら役に立たないものは、捨ててしまいます。しかし、ある茶人が金でこれをつなげたそうです。割れたところの結合部分に金が入って、すごく綺麗な芸術品になり、二束三文で捨てられるものが、一説では千両の価値がついたという話です。

アーティストの手に握られたとき、捨てられるものが生きてきます。同じように、私たちも自分で人生を歩んで傷ついてダウンしたときに、「でも神さま、どうぞ私の人生を握ってください」と、神さまというアーティストの手に握られる時に、私たちは「ハテナの茶碗」のように、神さまの前に千両の価値をもつものとなるのです。私たちの「祈り」を通して、必ず救われる魂を用意してくれるのです。苦闘する「祈り」には、無限の可能性があることを信じていきましょう。

6月7日シドニー

☆6月7日の礼拝報告☆

~Praise~
主は今生きておられる/Because He Lives
御手の中で/In His Time
Here I am to Worship
聖い御霊よ
主が彼らを連れ戻されたとき

~Today's Special~
放蕩息子の話 by.Mizuki
クレヨンしんちゃんのキャラクターを使っての紙芝居

~Message~
「No Worries mate!」 by.Yuzuru
マタイ6:25~34

~Lunch~
黒豚のしょうが焼き by.Tomo

~JGCミーティング~
会計報告等合わせてのミーティング。
J1グランプリの振り替えりを行いました。

2009年6月1日月曜日

5月31日シドニー

☆5月31日の礼拝報告☆

~Praise~
導いてください主よ
主の教えを喜びとし
どうしてそこまで ~You are my King~
主のもとへ走り出そう/I will run to You
Here Iam to Worship

~J1グランプリ2009 ファイナル~
2009年度J1グランプリファイナルが開催されました。
先週の予選で勝ち抜いたKotomi、Hiroshi、Boriの3名が初代J1チャンピョンの座をかけてのガチ勝負。
3名とも予選のキャラを崩さずそのまま勝負…
今回はおもしろさ、完成度、メッセージ性各10点、合計30点が審査員1人の持ち点となりました。
結果、企画者でもあるBoriが初代J1チャンピョンの称号を獲得☆
ちなみにKotomiとHiroshiは同点でした。

~Information~
・新来者の方の自己紹介
・次週礼拝後ミーティング

~Lunch~
ビーフシチュー by.Bori

~祈祷会~  Makka
今回は各々個人の祈りの課題を出し合って、左隣の人のためにお祈りしました。